2005年1月も終わる頃、社内の新年会が開催された。
近くの居酒屋でいつもの通り、酒を浴びながらゲームや妙な曲芸で盛り上がっていた。時間も経ち皆の体内にアルコールが行き渡る頃、当日の幹事ニーヤ・富田が立ち上がり、皆に向かって話をはじめた。
ニーヤ・富田「皆さんに重大な発表があります。」
一同「なになになになになに・・・」
ニーヤ・富田「実は今回、店のテーマソングを創る企画をたてました。」
一同「?????」
ニーヤ・富田「全員何らかのパートで演奏してもらいます、そしてCD化した後に販売しようと思います。」
「誰が買うんだ?」
「・・・売れんな、それ以前に曲はどーする」
やる前から弱気である。
ニーヤ・富田「数は売れないかも知れません。皆で一つの目標を持って団結して行く事、そして万一売れたときはその一部を日本赤十字みたいなところへ寄付しようと思います。」
そう、記憶に新しいスマトラ沖地震津波、新潟などの地震など立て続けて起こった災害に対して我々は何もしていなかった。だがこれなら出来るかも知れない。単にお金を寄付するよりも、自分たちが楽しみながらお手伝いできるほうが健康的である。
誰が買うって?・・自分と親兄弟・・・・せいぜい数十枚程度かもしれないが、イイじゃないか。
楽しく行こう!
さて企画がスタートはしたものの、何からすべきか。企画名、作曲、作詞、パート決め、スケジュール、録音方法などなど・・・
このあたりは社内掲示板でのやり取りの中で徐々に決まっていく事になる。
作詞・作曲は皆からデモ曲を募ってそこから一つを決めよう。企画名は「TC Aid」でイイかな、パートは曲が決まってから、と。録音はニーヤ・富田私物の「ProTools LE」&「Apple iBook G4」ね。機材は店の商品使える許可もらったし、お金かけられないから。
さて、何はともあれ曲だ、曲!
そして二週間後にデモ曲提出最終日とになった。集まったデモは・・・・2曲。
時間が短かったか、人任せなのか。
結局多数決となり、我々のテーマ曲となるべき一曲が決まった。ヒーゲ・田部によって作曲されたものだ。
さあ曲が決まった。この後はヒーゲ・田部をプロデューサーとし、ニーヤ・富田を録音的技術担当責任者に迎えてスタートしていく事となる。